週刊金曜日(2007年9月14日)天野恵一・辻子実「日本型ナショナリズムの矛盾と二枚舌」よりピックアップ:

(辻子)国会図書館が『新編靖国神社問題資料集』を刊行しましたが、これは神社側が資料を提出していた。


(天野)日本人のみならず台湾や韓国の遺族も加わった「霊璽簿(れいじぼ)抹消等請求」訴訟の関連でしょうか。


(辻子)韓国や台湾の遺族にすれば、永久に自分の肉親が「日本人」として、侵略戦争で「よく頑張った」と祀られるのを拒否したい。霊璽簿とは何なのか、裁判の争点とならざるをえません。神社側としては、「祭神を決めたのは、国が、天皇が決めたんだ」と主張したい。それを明かにするために資料を出したとしか思われないのです。


それを読むと、旧厚生省の復員局が神社側に合祀する名簿を事前に渡していたことがはっきりしているんですよ。しかも、同局の第一課を陸軍側、第二課を海軍側などと呼んでおり、戦前と構造は変わっていない。


(天野)政教分離を守ろうなんて意思どこにもありませんね。ところが靖国神社の矛盾は、遺族に訴えられると今度は「一宗教法人の宗教活動に対し裁判所がこうしろああしろという判決を出したら信教の自由に対する干渉で、政教分離に抵触する」という反論を平気でしている点にある。


(辻子)私の著書『靖国の闇へようこそ』(社会評論社)でも紹介したのですが、遊就館満州事変の日本語解説には、「米国政府は国内の反対を押さえて積極的に介入し、日本孤立化の外交戦略を展開した」という記述がありますが、英文の説明文では、米国政府に関するそうした記述がありません。日本と米国とで、表現を使い分けている。


(天野)「構造的二枚舌」みたいなのがないと、靖国神社や安倍首相に代表される「ナショナリスト」はやっていけない。非常にいいかげんというか、いびつな構図になっている。