歴史学研究(2007年12月)「南京事件70年の日本と世界」笠原十九司よりピックアップ:

現在のトルコ政府はアルメニア人虐殺を否定する立場をとっている。2005年、トルコの文学者オルハン・パムクが「100万人のアルメニア人が殺されたが、私以外にだれも語ろうとしない」と発言すると、暗殺をほのめかす脅迫が相次ぎ、国外に身を潜めざるを得なかった。


南京事件をめぐる日本の状況は、トルコ社会の状況とどう違っているかを考えてみよう。


類似点の一つは、自民党政府が南京事件が歴史的事実であることを否定したい政治的衝動をもってきたことである。


第1次から第3次にわたる教科書攻撃を発動し、歴史教科書の南京事件記述を後退、削除させる方向で教科書検定をおこなうとともに、教育の統制・管理を強化して、南京事件を現場教師が教えられないように圧力をかけている。


もう一つの類似点は、暴力右翼が温存され、言論の自由を抑圧するために利用されていることである。加害展示をおこなえば、右翼と否定派が一体となって展示の撤去を迫る圧力をかけてきた。


2004年、『週刊ヤングジャンプ』の連載漫画、本宮ひろ志国が燃える』が南京事件の場面を描いたところ、右翼活動家が集英社に乗り込んで抗議を繰りかえした。右派系の地方議員グループも集英社に押しかけ、右翼団体街宣車集英社の前で威圧行動を展開した。メール、ファックス、電話などで抗議が寄せられた。


圧力に屈するかたちで、同社編集部と本宮ひろ志は単行本出版の際は、虐殺描写を大幅に削除・修正することを表明した(単行本は未発行)。


漫画家小林よしのり戦争論』(幻冬社、1998年)が「南京大虐殺は嘘」とする日本の否定論者の説を受け売りして、「嘘」を好きなように描いて、65万部のベストセラーになっているのと対照的である。

(by pick-up)権力と暴力の支援がなければ成立しない嘘言論。